岩村田宿〜軽井沢宿
2011年4月23日

軽井沢今日は軽井沢までの22キロ、昼食休憩を30分として6時間半を予定している。しかし昨夜の天気予報では朝から雨。少なくとも9時頃からは本降りの予定です。

なので合羽を着て傘をさす予定で準備しておいた。
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朝5時半に目が覚めて外を見るとまだ降っていない。予報より遅れているようだ。

よし、すぐ出発しようと、朝食も取らずに6時には飛び出した。こんなときビジネスホテルは都合が良い。

電車もまだ動いていないので、1.5キロだけどタクシーを使って、昨日の岩田村の交差点に6時10分に着いた。
歩きはじめるとすぐ善光寺道の石碑があった。住吉神社を過ぎて、県道9号線は陸橋で上信越道を越える。
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岩村田交差点 6時10分 善光寺道の石碑 一里塚の案内

食肉センター前の信号を越えた辺りの右手に一里塚跡の案内があった。ここまで30分位です。雨は幸い降っていませんが、風が強く寒いので合羽を着て歩く。
6時53分、小田井宿の入口に着き右に県道から分かれる。馬頭観音などの石仏を見ながら歩くと「小林のあめ」と書かれた看板があった。飴屋さんというのも珍しいが、よく見るとこの集落は小林さんが多いようだ。
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ここで小田井宿へ分かれる 6時53分 馬頭観音など 飴屋さん

本陣跡など見ながら7時15分に小田井宿北の入口に着いた。ここには筆塚があり、県道137号線の向かい側には蔵王大権現の石碑があった。
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本陣跡 小田井宿 北入口と筆塚 ゆるやかに登って行く

ここから道はゆるやかに登っていき、道端に石仏もある。20分ほど歩くと、しなの鉄道御代田駅近くの三叉路「栄町」に着く。街道が無くなっているようだが、よく見ると案内があり、道を渡って少し右に地下道があり、これで線路を越えて行きます。7時40分でした。
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道端の石仏 突き当りが栄町の信号 地下道 7時40分

そこからも、ゆるやかに登っていくと、一里塚入口の案内があります。少し入るとすぐ大きな一里塚が目に入る。東西に保存状態良く残っています。
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線路を越えて登っていく 御代田の一里塚入口 御代田の一里塚

大山神社など見ながら30分ほど登っていくと辺りの雰囲気も軽井沢の別荘地を思わせる様子になってくる。
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大山神社 徐々に右のような別荘地が 千が滝湯川用水温水路

8時15分に千が滝湯川用水温水路というのの傍を通る。温水路って暖かい温泉の湯でも流れているのかと思ったが、後で調べて解った。
この辺りの水は水温が低すぎて農業用水には向かない。それで1キロほどの間、川幅を広げ、深さを30センチ程度にして、ゆっくり流す。これで水温が4度ほど上昇するのだそうです。勉強になります。

さらに20分で追分宿の入口に着きます。北国街道(善光寺道)と中山道の分かれ道で、今でも三角形の地形が残っていて、分去れの碑があります。
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分去れ手前に街道の庭園が 分去れの碑 追分宿入口 8時37分

追分宿に入り、高札場跡、本陣跡などを見ながら1キロほど歩くと追分公園というのがありました。浅間神社で芭蕉句碑や信濃追分郷土資料館などもあります。ここでしばらく休憩しました。
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高札場跡 堀辰雄 文学記念館 追分公園

すぐ国道18号線ですが、合流点に追分一里塚がありました。そしてすぐに道の逆側に峠の釜飯で有名なおぎのや軽井沢西店があり営業しているようでした。
そろそろ空腹なので食べようと思い、渡る隙をうかがいますが車が多くて駄目です。諦めました。そうなると空腹が身にこたえてきます。
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追分の一里塚跡 峠の釜飯 おぎのや 9時6分 蕎麦屋の門で右へ 馬頭観音

更に1キロ弱国道を歩くと、街道は右に分かれます。入るとすぐ大きな馬頭観音の石碑が続けてあります。実際、この道中、馬頭観音の碑がいかに多かったことか。旅人にとって、いかに馬が重要であったかしのばれますね。
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続けて大きな馬頭観音 街道の面影漂う ここは借宿

ここは借宿(かりやど)というムードある地名ですが、昔は女街道(姫街道)と中山道の合流点ということで、正式な宿場ではありませんが栄えたそうです。女街道とは女性が関所を避けて通る裏街道のことです。

また昔この辺りは「遠近の里」(おちこち)と呼ばれたそうですが遠近神社という産土神も祀られています。遠く在原業平の歌にちなんでいるそうです。
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遠近神社 女街道合流点 軽井沢バイパスを潜って振り返る

20分一寸で借宿を抜けると、軽井沢バイパスの下を潜ります。潜って18号線に沿って少し歩くと「ゆうすげ温泉」の入口があり、それに沿って国道と分かれます。
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蕎麦屋で右へ ゆうすげ温泉の案内もある 二十三夜供養塔

ここにも馬頭観音はじめ多くの石仏があります。少し歩くと左の土手に二十三夜塔があります。これは月待塔の一つで月を信仰する供養塔です。勢至菩薩を本尊とする考え方だそうです。

さて道は、いよいよ終盤に近寄ってきました。9時57分、道祖神を左に見ながら国道18号に合流しました。5分歩くと中軽井沢駅前にでました。
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道祖神 18号線と合流 9時57分 正面奥が中軽井沢駅

見ると蕎麦屋さんの暖簾がはためいています。たまらず吸い込まれてしまいました。10時2分です。中を見渡すと有名人の色紙が一杯貼ってありました。きっと有名店なのですね。

暖かい蕎麦はありますかと訪ねると、無いという返事。それでざる蕎麦を頼みました。野沢菜と一緒に出てくる蕎麦は美味しかったけど、これは空腹だけの性ではないようですね。
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ざる蕎麦 美味い 沓掛の名前は出てこない この橋を渡ってはいけなかった

20分で外へ出ると雨が降っていました。いよいよ来たかと傘を差して歩きました。川の手前左手に中山道沓掛宿の碑があり、そのまま橋を渡りましたが間違いでした。

橋を渡らず手前を右折してしなの鉄道の南側を1キロほど歩いて、再度軽井沢中学の前で国道に合流するのが正しいようです。
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町役場の横の大きな馬頭観音 市村記念館 離山で左へ 10時50分

私は軽井沢町役場の前を通り、大きな多分馬頭観音の碑など見ながら国道を歩いてしまいました。中学を過ぎると市村記念館があります。そして離山の信号で左に分かれます。10時50分です。

左側の庚申塔など見ながら歩くと軽井沢にふさわしい雰囲気のホテルがあります。別荘地の分譲も行っていました。
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庚申塔 雰囲気のあるホテル 別荘地の分譲

六本辻が11時20分、旧軽井沢へは11時30分の到着でした。早く出たお陰で大した雨にはあわず。このときも止んでいました。
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六本辻 旧軽井沢 11時30分 軽井沢銀座

軽井沢銀座へ少し入って、次回の道筋を確かめて引き返しました。12時27分の新幹線に間に合い、1時の特急信濃にも間に合いました。

長い道中ご苦労様と、しなのの車中で慰労しながら帰りました。次回は小諸で泊って、懐古園を見て、濁り酒飲みながら佐久鯉を食べて、元気をつけてから街道を歩こうなんて考えながら、姥捨山付近の景観を眺めていました。外は本降りみたいですが、もう関係ありません(笑)。
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長野新幹線 軽井沢駅 一人で慰労会 多分、姥捨山付近