熊野古道紀伊路 八軒屋浜〜阿倍野王子
2017年4月21日 大阪で時間ができたので10年前に歩いた紀伊路を歩いてみることにした。
天満橋へ12時頃着いて、地下街で昼食。

左図、天満橋の近くにある八軒屋浜が京都から淀川を降ってきた船の船着場だった。八軒屋浜の風景も大分10年前と変わっています。

この付近は江戸時代からすると大分埋め立てられて川幅が狭くなっていると思います。下3枚の写真の付近は新しく作られたものです。
下は土佐堀通りに有る永田屋昆布店ですが、この辺が船着場だったようです。近くの石段はいかにも降るそうです。
すぐ西側に熊野街道の案内板があり、そこを起点に熊野街道は南下します。でもその前に、1本西の通りに窪津王子跡と言われる坐摩(キカスリ)神社行宮があります。
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熊野街道の案内 |
窪津王子跡 |
12:49 街道の最初は登り坂 |
街道は、船着場の石段の分登ります。まっすぐ南下しますが、所々石標が案内してくれます。
左側小学校の近くに豊臣秀吉が大阪の区割りをしたときに作った下水が見られます。
坂口王子跡も街道から少し外れるので探しにくい。坂口王子跡からすぐ街道が狭くなり、榎木大明神が祀られている。街道はその手前を左折し、谷町筋を越えて1本目を右折する。判り難いが右折するとすぐ石標があるので、ほっとする。
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坂口王子跡由来 |
13:22 榎木大明神 |
13:47 近松門左衛門の墓 |
右折して10分ほど歩いた右側の谷町筋に近松門左衛門の墓があるらしいので探しに行った。ガソリンスタンドの隣に有った。
引き返して街道を少し下り、今度は左側の上町筋に井原西鶴の墓があるらしいので探しに行った。
この辺り、お寺ばかりだが「誓願寺」というお寺の墓地にあった。近くに、すぐ玉造、右天王寺、左京いせとか彫られた古い石標があった。

私も天王寺参道に出て、四天王寺に入った。

14:30 四天王寺縁日の賑わい。

あべのハルカスも近い。
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四天王寺 西大門 |
15:00 堀越神社 |
熊野第一王子の説明 |
四天王寺の傍に、聖徳太子が四天王寺と同時に建立したという堀越神社があり寄ってみた。すると、先に見た窪津王子は後にこの堀越神社に合祀されたと説明がありました。天王寺の交差点を陸橋で渡ると、通天閣が後方に見えました。
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通天閣も近い |
阿倍野筋と阪堺電車 |
熊野街道は阪堺電車と分かれる |
熊野街道はここからしばらく阿倍野筋を行きます。松虫の交差点辺りで阿倍野筋に分かれて右に入って行きます。
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15:43 阿倍野晴明神社 |
阿倍野晴明の像 |
阿倍野王子神社 |
入って4分か5分で阿倍野晴明神社があります。平安時代の有名な陰陽師ですね。その50m南に阿倍野王子神社があります。
八軒屋浜の窪津王子から3軒目の王子社ですね。熊野本宮大社までには九十九王子あります。
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阿倍野王子神社 本殿 |
16:00 阪堺電車と合流 |
阿倍野王子神社から7分ほどでまた阪堺電車に合流しました。そこから3分ほどの北畠駅で今回の街道歩きは終了しました。