伊勢別街道
2/15/03 天気晴れ 気温10度 メンバーKさんと二人
伊勢別街道は東海道関宿の東の追分で分かれて、芸濃町の椋本や高田本山のある一身田などを通って津の江戸橋で伊勢街道と合流する22キロほどの短いが面白い街道です。
今日は名古屋から若くチャーミングなKさんが参加するというので勇んで出かけました。
コースは近鉄の江戸橋駅を起点に関宿へ戻ることにしました。旅のゴールは宿場町関の雰囲気がふさわしいと思ったからです。
朝9時に江戸橋の合流点である常夜燈を出発します。
この辺りは車も多く落ち着いて歩けませんが、近鉄の線路を渡ると旧道に入るので静かな道になります。
五六橋という面白い名前の橋を渡って、又車道に合流し、浄土真宗高田派の総本山専修寺へは伊勢鉄道を渡って3キロほどです。
壮大な本堂は大修理の最中でした。
高田本山は私の家の宗派らしいのですが、昔、曾祖父さんか爺さんが京都へ出てきたので、私は西本願寺だと思っていました。
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江戸橋のスタート地点 |
一身田の民家 |
高田本山専修寺 |
お参りした後、街道一の大きな常夜灯なんか見ながら、JR一身田駅の前を通って県道10号線に入ります。すぐ右手に仲福寺というお寺があり、境内に入って写真を撮ったりしていると、奥さんが出てこられて本堂に招き入れられました。お茶とお菓子を御馳走になり、住職のお経を聞いていました。真言宗のお寺で、藤原時代末期の阿弥陀如来が祀られています。弘法大師の御真影も頂いてしまいました。
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高田本山の龍水 |
街道一の大きな常夜燈 |
仲福寺のご本尊 |
このあとはしばらく県道を歩きます。この辺り窪田は宿場町として栄えたそうですが、今は余り面影がありません。1時間ほど県道を歩いた銭懸で街道は右に分かれます。11時頃です。自転車で後ろからきた地元の奥さんが話しかけてきた。「ぜにかけ松」を見るように勧められたが、松は無かった(笑)。京都の善峰寺の臥龍の松のような立派な松が民家にあった。
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窪田宿辺りの常夜燈 |
ぜにかけ松 |
さつきの苗と経ヶ峰 |
2キロほど旧道を歩いて、又県道に合流すると、この辺り植木の産地みたいで「さつき」の苗木が一面に植えられ、後方に経ヶ峰が見えて一幅の絵のようです。
伊勢自動車道芸濃インターの前を通り、新屋敷で街道は左に分かれて椋本に入ります。街道沿いには食堂は無さそうなので、右に曲がって県道にでました。すぐ大盛屋という食堂があり、のれんに「伊勢別街道」と染められててい入りました。かつ丼650円でした(笑)。
12時10分頃から45分まで休憩しました。
街道に戻って椋本の町並みを歩きます。「かどや」という旅館が往時の建物のまま、今も営業しています。「かどや」で直角に左に曲がると石標と道標があります。ここは右に曲がるのですが、付近に「椋本の大椋」があるので左折して見に行きました。
元に戻ってお寺を見ながら歩いて行くと横山池にぶつかります。堤防に登ると鈴鹿山脈南部の山の眺めが雄大です。堤防を降りて中縄の集落を過ぎ、県道を横断して林の集落に入ります。民家が切れると山中になり「猿に石を投げるな」の看板がありました(笑)。
また、県道に出て楠原で旧道になります。この辺りも昔の面影があります。関のドライブインの手前に「石山観音」への道が左折します。寄り道してお参りすることにしました。片道1.5キロほどの道を歩くと鈴鹿カントリーへの道と分かれて右に入ります。「石山観音」は岩に40体余りの石仏が刻まれています。頂上の馬の背からは伊勢湾方面の眺めが雄大です。3時頃から見物に30分ぐらい。
この馬の背の岩は怖くて渡れなかったのですが、同行のKさんが難なく渡るのには感心しました(^^;)。
元の県道に戻って関ドライブインの前を通り、名阪国道の下をくぐると、いよいよ関宿が見えてきます。古廚と県道の合流点には「駅舎跡」があります。勧進橋を渡るころには関宿の後ろの観音山・羽黒山・明星ヶ岳などが間近に見えます。国道1号線の交差点を過ぎて左に一寸登ると、今日のゴール関宿の「東の追分」です。
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関宿の保存された町並み |
関の小万の墓にお参り |
有名な「関の地蔵さん」 |
追分には鳥居や一里塚跡・石標などがあります。ここから京都方面へ1.8キロ「西の追分」までが関宿で、町並みの保存が行われ、まるで時代劇の昔の宿場町を見るようです。「関の地蔵さん」や「関の小万の墓」など見る物もいろいろ多いようで、観光客も結構歩いています。
我々は、西の追分まで歩いたあと、駅前のお好み焼きやさんで、おでんを食べながら旅の疲れを癒して帰りました。