沖縄本島中部の城巡り
2007年11月24日
今日は楽しみにしていた沖縄本島の城めぐりだ。
朝食は昨日買っておいた焼きそばと味噌汁、でも多すぎて半分残した(笑)。
8時にマツダレンタカーで手続をする。3300円の基本料金もネットで最安を選んだ。それに追加の保険料1500円を入れて4800円です。
沖縄の城(グスク)はこれまで首里城と本部半島の今帰仁城しか見ていない。今回は中部と南部で30箇所ほどピックアップして廻るつもりだ。
道路地図を買い万全の準備をしてきたつもりだが、何箇所廻れるだろう?
まずカーナビに浦添城跡を入れる。58号線で北上、尾富祖で右折38号線に入る。
カーナビに城跡が載っていたので安心して運転したが間違いだった。連れていかれたのは城跡北側直下の一般道路。駐車場も案内も何も無い。
訳が解らずうろうろして、なんとか石垣の下へ出たが公園には入れなかった。カーナビを諦め城跡に向かおうとしたが現在地が解らず、30分以上うろうろしてようやく公園駐車場にたどりついた。
|
|
|
浦添城跡の北側へ出た。修復中のようどれ |
伊波普猷(いはふゆう)の墓 |
城跡からの眺め |
浦添城は首里に首都が移る前の中山国の居城だけあって広く眺めもいい。ただ保存状態が良くなく、世界遺産には登録されなかった。なので今懸命に修復して登録を目指しているようだ。13世紀中頃の築城。
城の北側、崖の中腹にようどれ(夕凪又は天国への道の意)があり、洞窟にかっての王の墓があるが、この日は公開されていなかった。浦添ようどれ館というのが近くにあり、当時の資料を展示していた。
|
|
|
ようどれへの入り口 |
尚寧王と英祖王の墓と言われる |
ようどれ館の展示室 |
次いで、近くの伊祖城跡に向かう。
153号線に出て右折、58号線にでる手前で左折すると公園駐車場がある。城跡については特に見るべきものは無いようだった。物見台への石段が残っている程度とか。
|
|
|
伊祖城跡への道 |
城跡公園からの眺め |
公園になっている |
続いて嘉手納基地の近くにある「屋良城跡」を目指す。ここもマイナーな城跡なので見つかるかどうか心配。
ともかく58号線を北上、昨日潜った北谷を越え嘉手納ロータリーを右折する。10分ばかりうろうろして嘉手納高校の近くの公園を見つけた。
ここも公園としてはきれいで良いのだが、城跡としては何も残っていない。
次は世界遺産の座喜味城跡、これは大丈夫だろうとカーナビを入れる。
58号線をしばらく走り喜名で残波岬方面へ左折する。道なりに走ると歴史資料館に出るが、カーナビは更に走って北側の駐車場に連れて行った。正解だが現在は前述の歴史資料館に駐車して城跡を訪れるのが正解のようです。
城跡は城壁のみですが、さすがに世界遺産、その石組みの描くゆるやかな曲線は日本の城には無い素晴らしいものです。悲劇の猛将・護佐丸の築城と言われています。15世紀初頭。
|
|
|
一の郭へのアーチ門 |
一の郭城壁から二の郭を見る |
遠く伊江島のタッチュウが見える |
その規模の大きさと眺望の良さには満足しました。遠く伊江島のタッチュウも見えていました。コンビニで弁当でも買ってきて、ここの芝生で食べれば良かった。
次いで山田城跡、ここもマイナーで、有るのか無いのか解らない。とりあえず58号線に戻り北上、親志で琉球村方面に左折した。琉球村を越えると山田の集落に入る。適当に車を止め、辺りを眺めると「山田グスク」の案内を見つけた。案内に従い58号線を渡ると「護佐丸の父の墓」や「歴史街道」の案内があり、少し探したが解らなかった。時間が遅れてあせっていたためかもしれない。
|
|
この辺に城跡があるはずなんだけど |
国頭方西海道 |
更に北上すれば名護城跡があるが、時間も12時を過ぎ、この辺で東海岸に出て引き返すことにした。
伊波(いは)城跡をカーナビで探すと伊波貝塚があり、それに合わせた。これが又失敗だった。
ナビ任せで走るとどうも現在地が解らなくなる。「目的地周辺です」で打ち切ればいいのだが、何も見当たらなくて通り過ぎると又案内が始まり、遠回りして目的地周辺に帰ってくる。
諦めて少し走ると石川公園があり、ようやく現在地が確認できた。付近のラーメン屋で遅い昼食を取る。
午後の旅に続く