中山道(三条大橋から大津宿)
2008年1月3日
今年は以前から考えていた中山道を歩き始めることにした。
この記事を書くにあたって中仙道か中山道か迷った。
中仙道のほうが子供のころからなじみなんだが、物の本はみな中山道なので中山道に統一することにした。
2008年お正月の歩き初めで、東海道と重なる部分、三条大橋から草津宿までを歩く予定です。
今日はその前半三条大橋から大津宿とし、その後は京都の親戚の家に泊めてもらうつもりです。
我が家のある桑名からは関西線で亀山・柘植・草津と乗り換え京都に行く。
旧東海道沿いの最短コースでJRの運賃も1890円と安い。
でも乗り換えばかりで3時間も掛かる。乗り換え無しなら多分2時間で充分行くと思う。
ともかく8時43分に乗り、11時35分頃山科の駅に着いた。
最近地下鉄ができ、三条大橋へは山科乗り換えが便利だ。
12時前に三条京阪に着き、鴨川を渡って大橋西詰の弥次さん喜多さんの像や東詰の高山彦九朗の写真を撮ったりする。
私は京都生まれで、大学を卒業するまで京都で暮らしたし、その後も何回も帰省しているので、この辺り東山界隈はなじみの場所です。
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出張専門だって |
コンビニ弁当 |
粟田神社から北山方面 |
12時丁度に三条通りを東に歩き始める。
仕出屋さんがあったり、袋物屋さんがあったり楽しい。
平安神宮も近くにあり初詣の人で賑やかです。
コンビニの前にテーブルが置いてあったので、ここで弁当を買い食べることにした。
道行く人が皆うらやましそうに(軽蔑の眼かな(笑))見て通って行った。
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粟田神社から愛宕山 |
蹴上から比叡山 |
インクラインの通路の上の文字 |
12時半、平安神宮への道を通過。
右手に粟田神社があったので初詣をすることにした。
京の七口の一つ粟田口にある神社です。
小高い丘の上にあり京都の町並みも眺められます。
平安神宮の赤い鳥居も近く、遠く愛宕山も見えます。
濁り酒のお神酒も頂きました。
13時、蹴上浄水場を過ぎ坂を下り始めると、車石の小公園がありました。
その先で右に細い道に入るのが旧東海道です。
途中、亀水不動を見たりして、13時35分にまた三条通りにでました。
左前方に天智天皇の御陵があります。
JRの踏切を渡って左に三条通りから分かれます。
五条の分れを過ぎるとJR山科駅前で13時50分でした。
この辺りの商店街にも所々車石が置かれています。
毘沙門天は遠いのであきらめ、少し歩くと山科地蔵がありました。
伏見の六地蔵に有ったお地蔵さんを京の六口に一体づつ安置したうちの一つだとか。
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山科地蔵と徳林庵とか |
小関越えへの分れ |
1号線を越える |
少し歩くと左手に「三井寺観音道・小関越え」の石碑がある。
逢坂の関越えを大関越えと呼び、ここから大津市内に入らず直接北国街道に通じるこの道を小関越と呼んだようだ。
国道1号線は歩道橋で渡ります。
少し歩いて名神高速の手前が追分です。14時25分に通過です。
江戸から上ってきた旅人は、ここで左折すれば京都を通らず伏見・大阪に行くことができた。
1号線は名神高速としばらく並行する。
途中右手に月心寺という風情ありそうな庭を持つお寺があった。
すぐ歩道橋があり渡ってみた。
京阪電車の大谷駅があり、すぐ近くに蝉丸神社があり参拝した。
蝉丸は百人一首の歌でも有名だが、芸事の神様でもあるらしい。
近くに日本一という鰻屋さんがあり、庭に鬼の念仏という信楽焼きが飾られていた。
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大津宿 走井の茶屋の絵 |
鬼の念仏の信楽焼 |
逢坂の関跡 |
1号線と合流した所に逢坂の関の碑があり、近畿自然歩道の陸橋がある。15時です。
そのまま道路左側の歩道を歩いたが、途中のお堂で歩道は消えてしまった。
逢坂の関の碑の付近の信号で渡るのが正解です。
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太子堂だったかな |
蝉丸神社上社 |
国道は右、街道は左 |
右の歩道に渡り坂を下って行くと、向かい側に蝉丸神社上社がある。
さらに降って国道が右に廻っていく所を渡って大津市街に入って行きます。
ここには蝉丸神社下社があるはずですが見落としました。
3つの蝉丸神社の関係は不明です。
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比良山脈 蓬莱山かな |
大津宿本陣跡 |
京阪電車が合流してくる |
大津宿本陣跡の案内を過ぎ、京阪電車の軌道が合流する道をすこし歩くと札の辻です。
左折すると北国街道で三井寺もあります。
右折するのが東海道で、電柱の看板にも旧東海道の字が並びます。
15時30分、駅前の通りとの交差点で、今日はここまでとしました。
明日の大津〜草津へ