伊賀街道

当初は京と伊勢の国を結ぶ参宮道の一つに過ぎなかった伊賀街道は、1608年藤堂高虎が伊勢・伊賀二国の大名として着任すると、津城と上野城を結ぶ重要な官道として整備されることになった。津から長野峠を越え伊賀上野へ到る街道は、全長12里、48キロと言われています。

伊賀全図
緑+赤=伊賀街道 赤線が今回歩いたルート

地図上でルートを確認すると概略国道163号線と一致します。暑い最中、アスファルトの道を歩くのは半分の24キロでもバテそうです。
とりあえず、津新町からバスに乗り、終点の平木から歩くことにしました。
平木から長野峠を越えて上野までは27キロ位かなと思われます。これでも相当な長丁場なので、腰痛の具合を見ながら、バテたらバスに乗ることにしました。目標は名阪国道は潜りたいなです。

早起きして、津新町7時54分発のバスに乗りました。津高校を過ぎると乗客は白人の女の子と2人になりました。久保で彼女が降りると一人になりました。8時半過ぎ、車庫以外何も無い平木に到着です。運転手さんが心配そうに「これから何処へ行くんですか?」と聞いてきました。「上野まで歩こうと思っています。」「そうですか、車が非常に多いので気を付けてください。」

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ここからスタート マムシを見るのも久しぶり 新長野トンネル 左へ

そうなんです。片側1車線で、歩道どころか路肩も無いような国道で、しかも曲りくねっています。注意に注意を重ねて登って行きました。
平木のバス停は標高250m程度、長野峠は530mだそうです。
歩き始めるとすぐマムシが寝そべっていました。車に気をとられていると踏みつけるところでした。
30分で新長野トンネルの入口です。旧163号線に少し入ったところにマップにある犬塚のお堂がありました。

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犬塚地蔵の祠 地蔵尊と供養塔 長野峠まで30分

このマップは、三重観光連盟に伊賀街道の資料が欲しいと電話したら、受付の女性がわざわざネットの資料をカラーコピーして送って頂いたものです。もう小冊子は無いそうです。
だいぶ前に作られたものなので、当然新長野トンネルは載っていません。忠犬伝説のある犬塚で右手の古道へ入って行きます。雨上がりなので湿っています。うーん、蛭は大丈夫かなあと心配です。

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大塚作業道とか 山道になる 階段を登ると、林道の向こうが長野峠

更に30分後の9時35分、長野峠到着です。古道から階段で林道へ登って、横断した10m先が峠でした。
峠から谷筋を下りますが、通る人が少ないのでしょう、踏み跡は不明瞭で、いずれ消えてしまいそうです。

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長野峠 530m 茶屋跡 舗装道路になる

20分ほどの降りで旧163号線でしょうか車道に合流します。すぐ県道42号線が合流しますが、これは錫丈湖へ抜けるかもしれません。
10時3分、芭蕉句碑のあるポケットパークがあり大休止しました。「初しぐれ、猿も小蓑が欲しげなり」という有名な句が刻まれていました。

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旧163号線と合流 合流地点の是より旧伊賀が街道の石碑 猿蓑塚公園

10時17分出発、すぐ新長野トンネル出口近くの国道へ出て右折します。国道沿いの右上の山中に庚申塚があるので見に行った。

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初しぐれ 猿も小みのを ほしげ也 新長野トンネル 庚申塚

国道を1キロほど歩くと右手奥に弁天堂の赤い屋根が見えてくる。その前が汁付のバス停と車庫です。1日に8本程度上野産業会館行きのバスがあります。
ここまで2時間ほど掛かっているのですが、国道の案内板では上野まで21キロとあります。この暑いなか(30度は越えていると思う)アスファルトの道を、更に5時間はきついなあと戦意が失われていきます。

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汁付の集落へ 弁天道 上野まで21キロか

更に1キロほどで国道を右に分かれ、別府橋で服部川を渡ります。10時57分です。

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昔の面影残る道具も 右に折れ、別府橋へ 再度国道に出る

700mほどで国道に戻りますが、すぐ小さなお堂で右に入っていきます。ここが平松宿の入り口だそうです。

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お堂で右に入る 平松宿の町並み 常夜灯

突き当りを左折すると宿場町の風情が残る町並みです。常夜灯があり、旅館「いたや」の古い建物が残っています。11時15分頃です。

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旅館つたや 七福神の瓦などが有名 阿波大仏の石碑

小さな宿場で、通り過ぎる頃に「阿波大仏」の道標があります。大仏建立の寄付を全国に募ったとき、その拠点のひとつとして奈良時代に創建されたと聞いています。
国道を渡り、又渡って今度は服部川に沿って歩きます。川底が柔らかい岩で出来ているようで、水に浸食され面白い景色になりつつあります。

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猿野地区のマップのある国道へ すぐ若松スーパーを右へ 川底が面白い形状になりつつある

須原に入り、今朝はいつもより早かったので空腹です。国道に出る手前に東屋があり昼食にしました。コンビニ弁当にワインを添えました。11時45分〜12時10分。
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道端の石仏 東屋をお借りして 赤ワイン付きのお弁当

国道を渡った橋の袂に、大きな自然石の道標と芭蕉句碑がありました。「から傘に 押し分け見たる 柳かな」だそうです。

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芭蕉句碑と大きな道標 須原地区のオオサンショウオ 右なら道の道標と祠

橋を渡り左に入っていくと「オオサンショウオ」生息地の看板がありました。川向こうには山ノ神の石仏があるらしいのですがパスしました。
再度国道に出る手前に「右なら道」の道標と祠がありました。

ここから2キロほど、少しショートカットもしながら国道を歩きました。一寸バテ気味で川北の信号が13時07分です。道の向こうに「酒解神社」なる案内があります。一寸気に掛かりますが見に行く元気はありません。後で調べたのですが6キロ先でした。

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左の川原へ 川北の信号にある 出後橋を渡る

1キロほど歩いて右に分かれます。すぐ木の館という博物館のような建物の前を通ります。国道へ出て、すぐ出後橋を渡って旧伊賀街道に入ります。常夜灯を見ながら歩きますが、街道は無くなっているそうです。適当に大山田橋を渡りましたが、すぐそばの沈下橋を渡るのが街道のようでした。

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出後集落の常夜灯 大山田橋から沈下橋 あれが街道か 水神社の祠から平田宿へ

平田宿の入り口には水神碑や水神社の祠があります。近くに植木神社というのがありますが、ここの祇園祭は400年の歴史があり、県指定の無形民族文化財だそうです。

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水神碑 植木神社 祇園祭の石柱もある 平田宿の町並み

この町並みの中にある「つばや菓子舗」さんは、一昔前ネットで知り合って買いに来たような気がする。

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つばや菓子舗さん 祇園祭りの山が入っているのか 真泥大橋近くの国道にある

国道へ出ましたが、すっかりバテ気味です。ジュースを買って一休みです。再度右に国道と分かれ、すぐ国道に出るあたりで伊賀街道の説明がありました。
真泥大橋の袂がバス停です。14時36分ですがバスは15時40分です。近くにサークルKがあるので、缶ビールでも買って待つのも考えました。歩き始めて6時間です。でもまあ歩くことにしました。

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真泥大橋のバス停から振り返る 大橋を渡り右折、堤防を行く 真泥橋ちかくの案内

橋を渡り服部川の堤防沿いを行きます。この辺りの川底から象やワニの足跡が発見されているとか。
1キロほど歩いた真泥橋あたりでは伊賀街道の案内があったり、「この先通り抜けできません」の案内があったりします。車は駄目でも歩きはOKということでしょう。

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この先通り抜けできません 山裾の地道に入る 石仏が現れる

さらに500mほど歩いて田圃から山裾の地道に入ります。すると山側に「目明し地蔵」とか「文殊立像」とかいろいろな仏像が岩に刻まれています。「六地蔵」とか「三体地蔵」とか複数の地蔵を彫るものも見られます。

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地蔵立像 六地蔵 六地蔵 

1キロ一寸、薄暗い地道を歩くと上荒木の集落に入ってきます。水の豊富な集落です。更に500mほど歩くと寺田橋近くの県道に出ました。バス停があり時刻を見ると15時46分、今から10分後です。

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集落近くの三体地蔵 須智荒木神社 荒木バス停

歩けば1時間弱だと思いますが、冷たいビールがちらついて、バスに乗ってしまいました。ここから2.5キロほどの伊賀鉄道広小路駅付近で、以前歩いた大和街道に合流し、上野城下を横断して、山城、笠置、木津を経て奈良に向かいます。

後日、伊賀上野散策の折、伊賀街道起点付近を歩きました。
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ここで大和街道に繋がります。 起点から見た伊賀街道 お正月は「じょうれん」に花を飾っていた

上野では以前からちょくちょく利用するコロッケ屋さんでお土産を買い、駅前の食堂で待望の生ビールと伊賀上野名物の豆腐田楽を食べて帰りました。

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芭蕉 忍者の向こうにコロッケ屋さん(笑) 大和街道沿い 田楽です

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