熊野脇道 田丸ー栃原
2/11/03熊野脇道宮川ルート前半
天気曇り後雨、気温10度、メンバー単独
JR参宮線の普通電車は9時35分に田丸に着きました。田丸は旧紀州藩の城下町です。
また、伊勢本街道、和歌山街道、和歌山別街道、熊野街道伊勢路が合流する交通の要所でもありました。
普通の民家みたいな駅を出て、一旦、伊勢本街道との分岐点まで5分位北へ歩きます。
9時50分、石標を後にして南下します。すぐJRの踏切になりますが、手前左手に大得寺という田丸藩主の菩提寺があり、石碑や祠があります。
踏切を渡ってすぐ右折すると百四番屋敷と呼ばれる古い民家があり、ここにも石碑や稲荷さんの祠があります。
少し南下すると小川に出ますが、その角に石仏の祠があります。小川は左手の橋を渡り広い道も渡りますが、手前右手に石碑や祠が3つ並んでいます。道の向こう側には石の道標があります。そこからはたんぼ道を浜塚団地まで直進します。ぶつかったところに小さな道標地蔵さんがあり、右折して団地の縁を水路に沿って南下します。
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百四番屋敷 傾いてる |
広い道沿いの祠や石碑 |
団地の道標地蔵さん |
大池の縁に出て伊勢道路の玉城インターの下をくぐりますが、ここからは県道の「度会玉城線」になります。ここまで約50分で10時40分頃です。
20分程登ると度会町との境になり標高120m程の峠でここから下りです。途中左手に岩坂谷大池を見ながら25分程降ると棚橋に入り、右手の大きな鉄工所の建物を越えると宮川ルートと南島ルートの分岐になります。
今回は右折して宮川ルートに向かいました。11時25分頃です。ここから、しばらくは何もなく、30分位で平生の集落に入ると道端に小さな石標があります。更に畑の中を進んで集落に入る辺りに大きな石標があり、右折して道なりに歩きます。
狭い道を降っていくと石灯籠と看板があり「国束寺」の入り口です。1400年の歴史があるそうですが、往時は相当栄えたお寺のようです。お参りして、途中の道を、大久保の方に向かいます。12時を過ぎ、お腹も空いてきたので、小高い茶畑のあぜ道で昼食休憩しました。
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狭い道を大久保へ向かう |
国束寺参道 |
梅の向こうに宮川の川面 |
20分ほど休んで12時30分に出発です。県道38号線を渡って集落に入りますが、ここからは県道を出たり入ったりです。ここで始めて宮川の川面がちらっと見えます。立岡・鮠川(はいがわ)・長原と進み、1時間ほどで中川大橋に着き宮川を渡ります。長原には、なかなかの常夜燈がありました。
橋を渡ると、すぐ右折して麻加江の集落に入ります。集落を出て38号線を更に田口まで進みます。田口では左に入ると公民館の近くに祠や常夜燈がありました。上田口には左下に共同井戸というか湧き水があり生活に使われているようでした。中川大橋から1時間近く、足も疲れてきたので一寸休みました。
42号線への道を右に見て、少し進むと左に「注連指」への道が分かれます。「しめさす」と読みます。何かいわれが有りそうで魅力にかられます。いつか行ってみたいものです。
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宮川を渡ります |
田口の共同湧き水 |
興味深い名前ですね |
赤い橋を渡ると大宮町黒坂です。集落を抜けると、このコース始めて宮川の川面を眺めながらの道になります。今日のゴールの栃原へ向かう野原橋も靄の向こうに見えて居ます。
3時5分頃、野原の七保神社の信号に出ました。お参りすると「野原神社」「七保神社」二つの石碑がありました。どちらが本当なのでしょう。南へ向かうと七洞岳への登山道に行くようです。信号を右折して、野原公園・野原橋経由で栃原の駅に向かいます。途中、前回伊勢路を歩いたときに宿泊した「岡嶋屋」さんのある新田を通って35分で駅に着きました。残念ながら駅前には居酒屋も何もありませんでした。
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渡ると大宮町 |
宮川を見ながら |
七保神社・野原神社? |
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